ニコマコス倫理学 1巻2章

注意書き

https://4eta.hatenablog.com/entry/2018/07/05/224715

 

2章「最高の目的としての幸福は政治学倫理学によって研究される」

 

1章(https://4eta.hatenablog.com/entry/2018/07/06/174813)で書いたように善には順序をいれることができる。2章では、順序を考えたときに最後にくるものは何かという話をする。

 

 本文を引用する。「我々によって為される事柄のなかに、我々がそれ自身のゆえに望み、他の事柄をこの事柄の故に望むような、なんらかの目的があるとしてみよう。」

 要するに、この「なんらかの目的」が善に順序を考えたときに最後にくるもので、アリストテレスはこれを「最高善」とよぶ。あくまでも最高善の存在を仮定しているだけで、存在の是非はこの段階では怪しいが、結局仮定のまま(少なくともぼくが読んだ範囲では)最後まで話をしているので、この存在は認めてしまっていいと思う。論理的に考えたり、哲学書を読む上でこの姿勢はヤバイのかもしれないが、アリストテレスの考えを知る分には気にしなくていいとぼくは考えてる。(@有識者 許して)

 

 そして、最高善が何であるかを知ることが人生にとって重要なことではないかという話になる。目的を知ることで、為すべきことをより一層よく成し遂げられるから。 

 アリストテレスは最高善を、「最も権威のある学問、すなわち最も統括的な学問が扱うもの」と考え、その学問を「政治学」とする。この仮定が分からない人はもう少し(200字くらい?)辛抱して。

 アリストテレスは「人間はpolis(ポリス)的動物である」という言葉を残してるだけあって(この言葉が真にアリストテレスのものなのかは知らないが)polisというものをかなりよく(注意深く?)見ている。この発言の意図について触れたいが別の場面で扱えそうなので、その時のために取っておく。ただどうしても言っておきたいので言うが、「人間は社会的動物である」と訳して、この社会を今の社会と同義のものとして考えるのは違う。

 政治学とはpolisに必要なものを考える学問、すなわち、人の様々な技能を束ね、また、人が何を為し、何を避けるべきかを法として定める学問である。従って、政治学は他の学問を包括することになる。今でいう政治学(今でいう政治学について全く知らないが)とは異なるものであることには注意したい。政治学のこの性質上、政治学の目的が、人間にとっての善ということになる。なぜなら、国家の目的と個人の目的が同じとき、国家の目的の方が、より完全なものだとと思われるから。(この完全という言葉については1巻のうちに触れるはず。)なお、国家のために個人があるという主張をしているわけではない。

 

 最高善を扱うのは政治学だとして、この最高善とはつまるところ何なのかを考えるのが次章以降となる。2章はここまで。じゃあね。