ニコマコス倫理学 1巻4章

注意

https://4eta.hatenablog.com/entry/2018/07/05/224715

 

4章「幸福は倫理学の目的であるが、人々の激しい論争の的である」

 

 3章の聴講の仕方を挟んで、4章は再び善の話になる。2章では、善に順序を考えたとき、最後にくるものを「最高善」とした。4章では、この最高善が何なのかを考えることになる。

 

 最高善とは、「幸福」である。これは大方の人々によってほぼ意見が一致し、一般の良識ある人達が(最高善を)幸福と呼んでいて、「よく生きること」、「よく行うこと」、「幸福であること」と同じである。

 ここまで、善、最高善、幸福と挙げられ、幸福とは何なんだという話になる。

 幸福というのは、その中身については意見に相違が見られる。というのも、一般の多くの人々にとっては快楽や富や名誉といった目に見える明白なものを幸福と考えがちだが、これは知識ある者の間ではそうとは限らないし、また同じ人でも、病気の時は健康を、貧乏な時は富をといったように、時と場合に応じて意見が変わる。

 幸福の中身について、これら全てを検討するのは適切ではなくて、最も普及してる、もしくは理にかなっていると思われる意見のみを検討すれば良い。

 

 また、原理から出発する議論と、原理へと向かう議論が異なることを喚起する。

 前者は、数学に代表され、公理から始め、個々のテーマについて考えいく。対して後者は、我々がよく知っている事柄、常識から議論を始め、原理を探求する。

 本書は、主に後者がとられている。

 また、よく知っている事柄から議論を始めることから、経験が不足している若者は聴講に相応しくないとし、逆に事実をよく知るもの(経験を積んでいる者)にとっては、議論の出発点が明白であり、こういう人が聴講に相応しいとしている。3章の繰り返していえば繰り返し。

 

 4章はここまで。最高善とはすなわち幸福であるということと、帰納的に考えるのか演繹的に考えるのかって話をした。幸福については、このあとは触れていく。じゃあね。